文化人放送局『日本製鉄によるUSスチール買収問題』

日本製鉄によるUSスチール買収問題/親中企業の正体を暴く

わたしの解説はここから始まるわけです。

1972年に日中国交回復ということがあって、当時の新日鉄の稲山社長が中国の周恩来に会い、何を言われたかというと・・・武漢鉄所への協力を求められて、後半製造ラインの建設を約束したんですね。(中略)設備の質も、もう全然日本と比べものにならない状態だったと。当時は日本の技術には絶対の自信があった、実際に圧倒的な差があったと関沢さんは振り返ってます。そして、新日鉄が協力して、この後半ラインが稼働をし始めるんですね。1978年の国交回復から6年後です。その後ですね、問題はさらに続きます。最初に押さえておいてほしいのは、武漢製鉄所の立ち上げに新日鉄はものすごい協力をしました、稲山さんが。その後です。

1978年、鄧小平が日本にやってきます。まず改革解放を決めて、10月にやってくると。で、その時に、鄧小平は新日鉄の機密の製鉄所に行くんです。なんて言ったかというと、これと同じ製鉄所が欲しい、くれと。稲山社長と斎藤さん、この人も経団連の会長をやる人なんですが、稲山氏は大平と一緒で、根拠なき贖罪意識を持ってたんですよ。「総力を挙げて協力します」と。先の戦争で日本は悪いことをしたという自虐主観に囚われてたんですね。この人が世界の鉄鋼業界をミスリードする決断をしたわけです。そして斎藤氏はもっと酷い。「これ以上のものを作りましょう」と言ったんです。こうして上海宝山製鉄所の建設が始まるんです。

この為に新日鉄は、関連メーカーを集めて、延べ1万人を中国に送り込む。中国からは3000人が来た。そして、自分の製鉄所を作る以上の、精魂込めて宝山製鉄所を作ったんですよ。これが『大地の子』という、あれで美談にさせられてしまった。あれなんです。(そこで指揮をとってたのが在留孤児だったという・・・)そう!小説、あれです。

日本製鉄全面協力で作られた武漢と宝山の、2つの製鉄所が、40年後に合併して、最初の宝武製鉄所になる。こういうことをやってきたんですよ、新日鉄は。関沢さんが回想してるのは、この「稲山氏と斎藤氏はこう考えてた」と。「中国の安定がアジアの安定となる。日本はその為に貢献しなければならん。我々(新日鉄)に出来ることは技術の協力であり、日本は一歩先を歩き続ければ良い」と言ってたんです。こういう間違った歴史観が、武漢製鉄所と宝山製鉄所に日本の技術を惜しみなく注ぎ込んで作り、今の鉄鉱業界の混乱を生じさせたと。これだけじゃ済まないです。

作っただけじゃないんです。2007年の新日鉄の社内報ウェブに出てます。

「試練を乗り越え完成した、中国最大の一貫製鉄所」と書いてるわけですね。北京出張所の井出さんは「日中の総互理解と信頼構築に寄与」と。更に「30周年の友好協力を未来に繋げる」、中国ベタベタ。(中略)日本製鉄の中国法人はいま9つある。

USスチールスロバキアに一ヵ所。だからもう、しっかり”親中企業”なんですよ。一言でいうと。2023年12月に買収を発表、2024年翌月1月23日から26日まで、日中経済協会が180人もの団員で中国を訪問して、日中経済協力をしたんです。

新藤団長が李強総理と対面も。発表した翌月ですよ。アメリカに対する強烈なメッセージでしょ?こんな親中企業にUSスチールを売れるか?って。ここを何で言わないんだ、マスゴミは。これですよ、アメリカが渋ってるのは。

世界の工場にして、造船業なんかみんな持ってっちゃったでしょ?アメリカの10何倍、あれで全部軍艦作ってるから、ものすごい勢いで中国海軍の艦艇が増えていて、アジア地区ではアメリカを上回っちゃったんですよ。だから、日本製鉄が人民解放軍を強化しちゃったんですよね。

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